2日目 多和平その2
2日目 多和平その2
360度のパノラマ展望で有名な多和平キャンプ場は、牧場地帯の小高い丘の上にあり、100m四方の駐車スペースの周りに、
管理棟、ライダーハウス、ゴミ箱、トイレが設置されている。駐車場には、オートバイが5〜6台あり、管理棟の裏の広々とした芝生のテントサイトには、
いくつかテントが張られている。
自転車を降りて、管理棟に向かう。
小さなログハウスの扉を開けると、焼きたてのパンの香ばしい匂いに包まれた。
暖色系の柔らかな照明と、木造の
家の温もりに、癒される気がした。
チェックインの手続きをしながら、親切そうな管理人のおばさんと少し話し込んだ。夕食はカップラーメンにするつもりだったが、
このおばさんが是非食べて欲しいと勧める焼き立てのパンを買うことにした。レーズンが入った少し大きめのパンと、厚切りのベーコン、そして缶ビールを買った。
管理棟の裏には、こんもりとした丘が広がっており、左半分は牧場で、右半分がテントサイトだった。

キャンプ場近くの牧場
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牧場には馬がいた。テントサイトとの境目の柵はそれほど
高くないので、その気になれば馬が飛び越えて来てもおかしくはなかったが、こんな場所でのキャンプも面白い。
夕方になり雲がだいぶ多くなってきた。
かろうじて雨は降っていないが、この場所が高台にあるせいか、霧がかかるようになり、残念ながらパノラマ展望は期待できそうもない。
芝生の丘をMTBを引いて歩く。平らな場所を選んで、いよいよテントを組み立てる。ソロキャンパー用のテントを袋から出し、まずは骨組みを作る。
ここで今更ながら、私は生まれてこのかたテントを自力で組み立てたことがないことに気付く。おまけに借り物のテントだから説明書がない。
あれこれ悩んだが、うまく組み立てられない。
30分程苦戦した。その間に気温がぐっと下がってきた。長袖の上着を着た。
途方に暮れていたその時、一番近くのテントから出てきた男の人が、珍しいものでも見るような感じで近づいてきた。
結局その人の協力で、なんとか無事テントを組み立てることができた。やはり、行き当たりばったりの旅行は色々なところで弊害をもたらす。
もっともそのおかげで見知らぬ土地で仲良くなれるきっかけがあったが。
年の頃30過ぎくらいのその人は、オートバイで北海道を夏中ツーリングしているらしい。
どことなく、浮世離れしている風貌と話し方が印象的だ。夏中ツーリングという言葉に違和感を覚えた私が「夏休みですか?」と尋ねると、
フッと笑って、「まあ、人生の・・ね」と答えた。
どうやら私のようなサラリーマンには想像もつかない世界に生きている人のようだった。
しかし、すごく親切なその人は、水や食糧の心配までしてくれた。私がお礼を言うと、「北海道(ここ)でキャンプしている人はいい人ばかりだよ。」
と笑顔を見せた。おそらく、北海道(ここ)では都市での利害関係に嫌気がさした人たちが、自然の中で、現代人が忘れかけている何か大事な物を守り続けているのだろう。
辺りがだいぶ暗くなってきた。一人用のテントは寝るスペースがかろうじてあるだけで、荷物を運び込むと、たちまち窮屈になる。
夕食の準備をするために
テントの外に出ると、少し雨が降っていた。
外灯もない牧場は、真っ暗で、歩道の誘導灯を頼りに炊事場まで水を汲みにいく。ゆるやかな坂道を登り、明かりのある
炊事場へ着くと、たくさんの羽虫たちが貴重な明かりに群がっていた。
テントの近くで、今日買ったガスバーナーを使い、厚切りのベーコンを焼く。ジューっという音が、静かな闇を切り裂く。
焼けるのを待つ間、缶ビールを片手に、
レーズンパンを頬張る。
少し冷たくなってしまったが、自家製パンはやはりうまい。たくさん汗をかいた後のビールも最高で、今日の疲れがとれるような気がした。
ようやく焼けたベーコンを食べてみると、こういう場所で食べるせいもあってか、これまた最高の味だった。
後片付けをし、テントに戻る。
自転車用のライトを、天井につるし、テント用ランプに仕立て、銀色のマットレスの上に横になる。
狭いテント内は身長のない私でさえも足がつかえてしまう。おまけに雨のせいで、床も所々冷たくなっている。
マットレスのない所はテントの生地の下が直に地面になるが、
そこに投げ出した腕の下を、虫がもぞもぞと動くのがわかる。それでも、出発前に思い描いていたキャンプ生活が達成でき、満足感はあった。
この「北海道旅行記」の原形の文章を携帯電話にメモして、今日の旅や、明日以降の予定に思いを馳せた。
正直、日常のことは完全に忘れていた。このまま、
ずっとこういう生活が続くような錯覚を覚えていた。
夜中、トイレに行った。トイレの壁に書いてあった落書きの言葉が印象的だった。
「おまえはここで何を感じた?オレはここへ来て、人間の無力さを知ったよ。」
その通りだった。
自転車での移動は、車という人工物なくしては、たかが70kmの移動すら1日がかりだということを気付かせた。
テントでの宿泊は、家という人工物なくしては、雨風や虫もしのげないことを気付かせた。
大自然の前では、都市という人工物なくしては、現代人の生活は存在しないことを気付かせた。
人間は何でも知っていて、何でもできるわけでは決してない。自然の前ではあまりにも無力な存在だ。